政治家の一言は重い 舛添厚労相発言・介護職員の給与2万円アップは本当か

国会を取材する記者にとって欠かせない取材方法が「壁耳(かべみみ)」だ。国会議員が非公開の会議を行っている場合に、記者は廊下で会議室のドアのすき間に耳を当てて室内での議論の内容を盗み聞きする。壁に耳を当てて聞くほど政治家の発言は重要だ。これに対し、4月から改定される介護報酬をめぐる舛添要一厚生労働相の会見での発言は介護職員に誤解を与えかねない内容だった。役人言葉でない歯切れの良いメッセージを伝えるのは舛添厚労相の魅力だが、誤って理解されるようでは問題だ。政治家の発する一言の重さを感じていただきたい。

記者が体験した激しい壁耳は、税金の徴収方法を事実上決める自民党税制調査会の取材時だった。記者数十人が1つのドアに群がって耳を澄ませる。会議に遅れてきた議員が入室するのも一苦労だ。こちらは内部の議論を聞き漏らしてはかなわないと一生懸命ドアに立ちふさがり聞いている。たまりかねた議員が「ちょっと通してください」と記者たちに一声かける。どっちが主役か分からないほどの状況だ。

壁耳するのは記者だけではない。役人が傍聴できない会議では、若手官僚が各省庁を代表して記者と一緒にこの壁耳に参戦する。

政治家が発する言葉の持つ意味は重いし、発する言葉が国を動かす。だから記者も役人も必死になって壁耳をする。特に行政の長である閣僚の発言が言葉足らずで誤解を与えるのはもってのほかだ。

●2万円アップ容易ではない

介護職員の処遇改善のため4月から実施する介護報酬改定の3%増を巡る舛添厚労相の発言は象徴的だ。舛添厚労相は昨年10月の閣議後の会見で「ラフに言うと現場で働いている人の月給が2万円くらい上がるかなという感じだ。これは1つの介護の現場に対する答えだと思う」と述べ、賃金の低い介護職員にとって吉報になるかとみられた。

ところが大臣の発言に民主党が「本当に2万円上がると介護職員に約束するのか」と問いただしたところ、政府は3月3日の答弁書で「仮に介護報酬の引き上げ分すべてを常勤換算で約80万人と見込まれる全国の介護職員の給与に充てれば1人当たり月額2万円を超える水準となる」と発言を補足説明している。つまり舛添厚労相の発言は3%の引き上げをすべて給与に充てた場合に辛うじて成り立つ試算だということが分かった。

全国老人保健施設協会は本紙の取材に対し、厚労省が過去2回の介護報酬改定で計4.7%引き下げており、過去2回のマイナス改定分を取り戻すには3%増は不十分で、人件費の改善までまわらないと指摘している。介護報酬3%増で給与を2万円引き上げるのは舛添厚労相が言うほど容易なことではない。

●麻生首相「妊婦健診すべて無料」

さらに2次補正予算の目玉だった妊婦健診の公費負担拡充に関して、麻生太郎首相は昨年12月の会見で「妊婦健診を14回分すべて無料にします」と述べている。舛添厚労相も1月の衆院予算委員会で「14回全部無料化する。(中略)いっさいお金の心配をしないで妊娠し検査をして出産できる体制を補正予算で対応していきたい」と追随した。

これだけを聞くと妊婦健診がすべて無料になるとの印象を持つ。この件を厚労省母子保健課に聞くと「うちでは『無料』や『無料化』という言葉を使って説明したことはない」と異なる回答が返ってきた。

母子保健課によると、首相の発言は妊婦が自治体から受ける公費負担の回数が現在の5回から14回すべての健診に広がったことを意味するという。つまり自治体の公費負担分を超えた場合の健診費用は妊婦本人の出費となり必ずしも無料ではないのだ。

基本的には14回すべての健診費用が国庫負担と地方交付税で賄われることにはなる。ただ地方交付税は自治体が自由に使えるお金で、使途を国が強制できない。このため、道路整備などほかの事業を優先する自治体では、妊婦健診の公費負担を低く設定する自治体も出てくる。また妊婦検診は医療機関が料金を自由に設定できる自由診療のため、健診費用が自治体が想定した公費負担額を超える場合も出てくる。

母子保健課では大臣に制度の内容を正確に説明したとしている。では、麻生首相や舛添厚労相の発言は何だったのか。母子保健課の担当者は「限られた答弁時間で簡潔に分かりやすく説明したことがかえって誤解を招いたんだろう」とみている。

麻生首相の発言で喜んで窓口に行ったらお金を請求されて、気まずい思いをする妊婦もこれから出てくるかもしれない。政治家の発言は重いと同時に、伝える記者にもその言葉は跳ね返ってくると感じた。(海老沢 岳)